卒業生だより

池新田高等学校はこれまで20,000人余の卒業生を輩出してきました。
地元の御前崎市を始め、全国、世界の至る所で卒業生が活躍されています。
ここでは、卒業生を紹介していきます。

~ 池新田高等学校 ~
卒業生だより

語りべ 十八年あまり 水谷(大石)房江 (高普2・昭和27年卒業)

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卒業生だより

語りべ 十八年あまり 水谷(大石)房江 (高普2・昭和27年卒業)

いまから70年前、私は当時作文教育の盛んであった埼玉県の小学校教師になりたくて池新田高校を卒業直後の人生を埼玉県方面に向けて飛び立った。
そして、春日部市の教員となり、六年間六十人の子どもを抱えながら、毎月一度、文部省に通い戦後の児童の「作文教育児童の研究」に携わり、全国発表も行った。
それから40余年、東京に縁あって文京区に住み、夫と共に教育に携わった後、「コンクリートばかりの東京より(私の育った)大坂の地に隠居して、ゆっくり本を読む生活をしたい」という夫の希望もあり、この地に移住することになった。
そこで私は、六十余歳になって地元のお世話になるためには何か役立つことをしたいと考えた。ちょうどその時、「ピーターパン」という読み聞かせグループから誘って頂き、小学校や保育園で毎月1回昔話などを語ったり読み聞かせなどを始めた。
それと並行して大人の方たちにも、この地元に伝わっている伝説や民話を掘り起こして、しっかりと聞き手の心に残るよう語り伝えたいと思い、本格的に「語りべ」の世界を広げてきた。この地は、昔から京の都と江戸との人々の交流の通い道であるため、興味ある伝説がたくさんある。しかし、ほとんどの人は毎日の生活に忙しく、題名は聞いたことはあるが内容は良くわからないと言う。この地に伝わる民話や伝説には、たいへんコクのある話が多い。例えば「小夜の中山夜泣き石」「京丸ぼたん」「高天神城の攻防」など。加えて池新田在住の阿形英世さんがたくさん優れた民話を創作されている。
各話は、どれも語ると1時間ほどかかる。この話を人前で読んだのでは聴き手はほぼ眠ってしまう。そこで私は、これらの話を暗唱して、聴き手の心に添えるよう、なるべく豊かな表現で語るのが、私の「語りべ」である。
語る物語が聴き手の心に残って欲しいと思い、いろいろな話し方を工夫してきた。その一つには、主な登場人物の名前や大事な場所などをカードで示すことにした。聴き手はカードの人名や地名を頭に刻んで話を追っていく。(カードは話によって絵であったり写真であったりする) すると、しっかり話の筋を覚えてくれる。そこで語り方を工夫してなるべく登場人物の心情を大げさでなく、じっくりと語るようにする。
この結果、聴き手は「こんないい話が地元にあっただねぇ」とか「感動する話をじっくり聴かせてもらったやぁ・・」 などと表情を和らげてくれる。
こうして私は、十八年間ほど、この地の小学校、中学校、公民館、シオーネ、お寺などで「語り」を重ねてきたのである。そして、多くの方々から優しい心をいただいてきたことに深く感謝している。
〒437-1421 掛川市大坂5000-26
TEL 0537-72-6222

退職と新たな生活のスタート 大石修治 高普18(昭和43年3月卒業)

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卒業生だより

退職と新たな生活のスタート 大石修治 高普18(昭和43年3月卒業)

半世紀に近い48年もの間,公務員や法人職員として勤めていました。信州大学(長野市)に41年間,長野県庁(長野市)に1年間,長野県立南信工科短期大学校(南箕輪村)に6年間でした。長い年月ですが,アッと言う間であったような気もします。信州大学工学部では,無機工業化学分野の教育と研究を行いました。熱意に富む学生と一緒に研究でき,幸せでした。年齢が高くなってからは,工学部や大学の管理職も兼ねました。長野県庁は,学校でない唯一の勤務先でした。産業労働部に属し,県立工科短期大学校の設立準備という貴重な経験をしました。新設なった南信工科短期大学校は,厚生労働省の所管であり,産業教育の機関です。科学技術と技能が高いレベルで融合した「ものづくりのスペシャリスト」の養成を目指します。
令和4年3月で,常勤職を退職しました。現在は,信州大学名誉教授と同特任教授です。曜日の意識が乏しくなり,自由になる時間が著しく増えました。嬉しいような寂しいような気持ちです。現在も,細々と教育と研究の活動を続けています。在宅でのオンラインによる教育・研究活動や会議が主です。オンライン使用は,新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための処置です。たまには,信州大学工学部に通っています。いつの間にか,老いを感じる年齢になっていました。老化の進行をなるべくゆっくりさせるために,自宅のある千曲市稲荷山を中心にした範囲内でウォーキングしています。勤めていたころは勤務先と自宅との往復だけでしたので,地元のことは何も知りませんでした。今,歩いて見る近所の景色がとても新鮮です。千曲川,神社,寺院,りんご畑,ぶどう畑,JR篠ノ井線の電車など・・・新たな発見が毎回あります。
退職までは,職場や自宅に書類,原稿や本などがそれなりにたくさんありました。退職とともに,職場の分が自宅に移動してきました。自宅は物置になってしまいました。そこで,必要なものは保存し,不必要なものは処分しようと決心して整理を始めました。保存するものも処分するものも,密にかかわった当時を思い出させ,ついつい整理の手が止まります。「苦しかったこと」も時間の経過とともに美化されて,「楽しかったこと」の部類に編入されてきます。在職中の本とともに,池新田高校の時代とそれ以降に使った本などがあります。参考書として読んだ「化学の研究」(安藤 暹,旺文社,昭和42年)があります。池新田高校理科教室が発行した「理科研究」(第9号―昭和41年と第10号―昭和42年)があります。「池高五十年」(昭和44年),「創立70周年記念誌しぶき」(平成元年),「創立90周年記念誌しぶき」(平成21年)や「創立100周年記念誌Shibuki」(令和元年)があります。同窓会発行の「会員名簿」には,懐かしい名前が列記され,先生方や友人が思い浮かんできます。ゆったりとした広い校舎・敷地で,ゆっくりと時間が流れました。
常勤職を退き,新しい生活がスタートしました。過ぎ去った過去を振り返りながら,未来をはらんだ現在を過ごしています。なるべく若々しくを心掛けています。
千曲市稲荷山1743-4
080-6938-0421

私は音楽が好き 大石(園田)友子 昭和44年(1970)卒業

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私は音楽が好き 大石(園田)友子 昭和44年(1970)卒業

中学の音楽教師をめざしたが、小学校勤務となり、結婚後は、実家の隣町へ定住、いま72歳となった。訳あって退職したが、音楽だけは死守し続け、合唱団指導を老後の支えとして日々楽しんでいる。一時は、吹奏楽にのめりこんだが、卒業後は“合唱一途”で継続している。
30代に女性合唱団を設立し「フラウエンコール・菊川」を続けてきたが、いつか混声合唱団が出来ればと願っていた。そして何と今年、混声合唱団として再スタートすることになった。
40年間、合唱を楽しんできたが、この間、「人生苦あり楽あり」・・涙を流したことも数えきれない。それらを乗り越えられたのは、常に目標を立てたからだと思う。記念の年には、大きなコンサートを計画して、その目標に向かって行く。そんな日々は、私にとって生活のリズムとなって一歩ずつ前に進むスタイルで年月を重ねてきた。苦労は多くても、コンサート終了後は、また次の目標が恋しくなってくる。私は不思議な合唱マジックにかけられているのか音楽の神様が私を引っ張ってくれているのか
高齢者となり今も音楽を共有する時間の中に生きていることを、幸せに感じている。私は、過去をあまり気にせず、いつも前を向いていたいと思う。
昨年12月、合唱の最高峰・ベートーヴェン第九交響曲「歓喜の歌」のコンサートが実現した。コロナ禍の中、2回の延期を経て開催した公演には不思議な力が潜んでいた。この公演を契機に、菊川混声合唱団“リベルラ”を結成することになったのだ。
いま、第2回の第九コンサートの開催を夢見ている。高齢は、精神的なダメージも多いが、何もしなくても大切な時間は失われていく。ならば、夢を持ちながら年を重ねたい。人生100年!私も合唱を続けながら輝くシルバーとして、歌い・タクトを振り続け、豊かな人生を歩みたいと思っている。
菊川市吉沢391-7
090-7025-1193

栗山さやか 1998年(平成10年)卒業

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栗山さやか 1998年(平成10年)卒業

モザンビーク北部の貧困地域で協会アシャンテママを立ち上げ、厳しい暮らしを強いられている子供たちを支援する活動を始めて、今年で早や13年目を迎えています。

現在の活動拠点はマラウィ南部の小村を含め5カ所にまで増え、800名以上の子供たちに教育支援や生活援助を行っています。またモザンビーク北部にある難民キャンプ周辺にて、両親を亡くした難民の子供たちへの食料支援等も新たに始めています。

活動の目標は13年前から変わることなく、貧困や病気で亡くなってしまう子供たちをひとりでも減らすこと、そして読み書きがままならない子供たちに学びの場を提供し、ひとりでも多く政府の学校に進学させることです。

アシャンテママの教室に何年も通ってきた子供たちのなかには、立派に高校まで進学したり、さらに卒業後アシャンテママで先生として仕事をしながら、看護学校等への入学を目指している若者たちもいます。その成長ぶりにはとても大きな喜びを感じます。

しかしその一方で、日本とまったく異なる環境で支援活動を続けることの厳しさも日々実感しており、問題が発生しては解決に向けて奮闘することの繰り返しです。

13年に渡るアシャンテママの活動を池新田高校同窓会の皆様をはじめ、多くの方に応援していただいて今も変わらず活動を続けられていることに心から感謝しています。


栗山さやか
1998年(平成10年)卒業、モザンビークNPO法人アシャンテママ代表

2022年9月

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